忘れてはいけない・・その影に


7.13豪雨災害から6年が経過しました。
死者15人、家屋の全壊71棟・半壊5,657棟、床上浸水1,882棟・床下浸水6,189棟。
未明から断続的に降り続く雨に異様な感じを覚えたのを今でも記憶しています。
刈谷田川の決壊、土砂災害・・次々に入ってくる情報・町内住民への気遣い、転びながらも地元の土手に上がって濁流の様子を見たり、車を走らせる途中、土地が少し高くなっている消防署に一時避難して市役所に急行したこと。消防署で入電されたダム放水の報。
心臓がバクバクでがむしゃらに動いた記憶があります。
15人もの尊い命を奪った7.13豪雨災害、幸い見附市では人的な被害はありませんでした。
その影にはウェザーニューズ社からの気象情報の提供があった事を忘れてはいけないと思います。
この度ウェザーニューズ創立20周年の記念に「金の天気予報・銀の天気予報」が出版されました。その書籍の中に当時の見附市と同社との連携が書かれていますので抜粋して紹介させていただきたいと思います。

<防災気象のリスクコミュニケーターが大活躍した事例>
周囲の気象情報をチェックすると長岡市と隣接する見附市の降水量が飛び抜けて多かった。
見附市は信濃川の支流・刈谷田川が東西を貫いている。もし河川が増水して氾濫すれば洪水が起こる。しかし、見附市とは防災気象サービスを契約していない。災害が迫っているのに見過ごすことはできない。
見附市を中心とした地域が大規模な被害に見舞われる可能性が高いと判断した・・・中略・・リスクコミュニケーターは、まず見附市長に電話を入れた。
市長はあわただしい様子だったが申し出を快諾してくれた。
見附市は午前11時に災害対策本部を設置すると、午前11時7分に刈谷田川流域住民に対して避難勧告を発令した。そして午後0時7分見附市災害対策本部は避難勧告を避難指示に切り替えた。そして、午後0時40分、見附市内の刈谷田川堤防がついに決壊した。
リスクコミュニケーターは災害対策本部に駆けつけ、前夜は徹夜して疲労の色を隠せない市長や災害対策本部の職員たちと打ち合わせた。リスクコミュニケーターは幕張のグローバルセンターと連絡をとってリアルタイムの気象情報を収集した。~中略~
見附市の人的被害がゼロだったのは防災気象のリスクコミュニケーターの迅速な判断と的確な支援がその一助になったのかもしれない。~後略~

ピンポイントの気象情報をリアルタイムで提供いただいたお陰で、市民の命を守るため
災害対策本部長が出す避難勧告・指示の判断基準になったと思われ、また不眠不休の職員たちの健康管理にも配慮できたものと思います。

いつ降り止むとも知れないあの豪雨に、地元と災害対策本部を幾往復したか知れない。
私たちの知らない影にたくさんの協力があったことに感謝しなければならない。

後日、見附市はウェザーニューズ社に感謝状を贈ってくれた。損得抜きで尽力した防災気象の専門店とリスクコミュニケーターにとて、何よりも嬉しい贈り物だった。と記されている。
市民にとって、見えないところでの支援があったことに、6年が経過した今も改めて感謝したい。

今、刈谷田川の大規模改修も大詰めを迎えています。

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